結婚・出産・育児等でも看護師さんが働き続けられる環境を整えた病院を紹介
多様な勤務形態の一つとして注目される短時間正職員制度
高齢社会を迎えた今日、医療の最前線で活躍する看護師さんの重要性はますます高くなっています。しかし、看護師さんの95%以上が女性であるため、結婚、妊娠、出産、育児などにより、「仕事と家庭の両立」が困難となり、離職を余儀なくされるという問題がありました
これらライフイベントによるキャリアの一時中断あるいは離職に加え、苛酷な労働環境におけるバーンアウト、夜勤のある交代制勤務や残業を厭わない人でなければ去らざるを得ない従来の画一的な働き方、さらには7:1配置基準の導入による看護師の争奪戦など、複数の要因が重なった結果、一部の大病院を除く全国の医療機関で深刻な看護師不足が起こりました。
経験が豊富で指導的な役割も期待される中堅層がいなくなることは、キャリア形成上も、「子育て」という、人としての経験を看護ケアに活かすことができず、医療機関と患者さんにとって多大な損失となります。
そんな状況の中、看護師さんの確保・定着を促進するため、ワークシェアリング、夜勤や休日勤務の短縮・免除、院内保育の充実などの働きやすい環境を整備するなどの取り組みを行う医療機関が増えてきました。
勤務形態 | 非常勤職員 | 短時間正職員 |
給与 | 時間給 | 月給制 |
賞与・退職金 | なし | あり |
勤務時間の制限 | なし | あり(週20時間以上など) |
勤務曜日の制限 | なし | あり |
社会保険の加入 | 任意 | 義務 |
なかでも特に効果を挙げているのが、全国の約2割の医療機関が導入している「短時間正職員制度」です。この制度は、時短勤務や週3日勤務で正職員としての待遇(社会保険の適用、退職金、昇進・昇格、福利厚生)を受けられるもので、出産や子育てなどの際にも、ブランクを生じさせることなく、働き続けることができます。
導入効果と利用者の声:仕事と生活の調和、離職率の低下、採用応募者の増加
短時間正職員制度を利用している看護師さん、あるいは導入を行っている病院の担当者はどのようなメリットを感じているのでしょうか?
本制度を導入している病院の多くは、24時間院内保育の利用、「No残業day」の設定、ワークシェアリング、休暇制度の見直し(公休の増加、連続休暇の設定)など、複数の施策を行っているため、制度単体での効果の測定は難しいものの、主に以下のような声が聞かれました。
看護師さんからは「制度を利用することで、育児中でも仕事を無理なく続けることができた。一旦ブランクが生じると覚悟していたので、とても助かった!」、「出産で辞めざるを得なかった他の病院の友達から、"ウチにもそんな働き方があれば、辞めずに済んだのに"と言われた。」、「両親から"子供が小さいうちは仕事を辞めて、家に居るべき"と言われたが、制度の説明をしたら"理解ある病院で働けて良かったね"と納得してくれた。」など、出産・育児とお仕事の両立に関するものが大半でした。
出産等で休職するとブランクが生じるため、それまで習得した看護知識・技術が鈍り、再習得にも時間がかかります。育児の時間の合間を利用して、採血業務や血圧測定、医師の補助を行う健診など、看護師の技術が活かせる単発のお仕事をなさっている方も少なくありませんが、健診は春と秋にのみ仕事が集中するため、通年では収入が安定しないという問題がありました。この制度があれば、多くの方は病院を辞める必要もなく、「自分に理解があるいい病院だ」として、フルタイム勤務に戻った後はこれまで以上にお仕事に取り組んでいるという例も少なくありません。
実際に、短時間正職員制度を導入した多くの病院では、離職率が低下しているというデータがあります。看護師さんの離職理由のトップ3(日本看護協会の「看護白書」参照)である「妊娠や出産」、「結婚」、「勤務時間・超過勤務が長い」や、離職した看護師さんが現在就業していない理由のトップ2である「育児」、「家事と両立しない」という結果からも、ライフイベントとお仕事の継続の関係性は大きいことが分かり、それらに対する短時間正職員制度の効果が大きいことは間違いありません。
また、病院側からは「採用応募者の数が増えた」という声も聞かれました。この背景には、就職・転職を考える際、給与だけでなく、出産・育児、介護、進学などでも仕事を続けられる制度が整っているか、ワークライフバランスにどのような考え方を持っている病院なのか、という点も重視している人が増えていることを意味しています。つまり、これらの取り組みは、現在いる職員の離職を防止するだけでなく、組織の力となる人材を幅広く確保するためにも有効であるといえるでしょう。
さらに、まだ結婚していない看護師さんからも「いろんな働き方ができるので、安心して仕事ができる」という声も聞かれます。このような声に象徴されるのは、「自分もいつかこの制度を利用しよう」、「あの先輩のように仕事と家庭を上手く両立させよう」といった思いが若い看護師さんの中に、当然のこととして醸成されているということです。
自分の身近に、"子供を生んでも仕事をしている"、"進学と仕事を両立している"、"親の介護をしながら仕事をしている"など多様な生活スタイルを持つ看護師の先輩がいることは、若い看護師さんにとっては理想のロールモデルとなることは間違いないでしょう。
夜勤者への引継ぎ、職員の意識改革、コストなどの課題も存在
離職率を低下させるだけでなく、看護師の応募数が増えるなどの効果も見られる短時間正職員制度が、深刻な看護師不足への有効な対策であることは間違いありません。
しかし一方で、制度の導入にあたっては、コスト、夜勤者への引継ぎ、看護師の業務量や配置、職員の意識改革などの課題にどう取り組むかということも問われます。
これらの課題に対する各病院の取り組みとしては、例えば、夜勤者への引継ぎについては、「短時間勤務者は書面での引継ぎで大丈夫な患者さんのみを受け持つ」、「遅出を増やして対応」、「部署の垣根を越えた横断的な応援体制を構築」、「夜勤専従看護師を配置した」…etc、などの工夫を行っています。
また、看護師さんからの要望の多い「院内保育所」の設置に関しては、「24時間院内保育を利用できるようにしている」病院もあれば、「院内にはないが、近隣・地域へ委託して、利用者に補助金を出している」病院、「保育園運営のコストを総合的に考えると、看護師のゆとり配置を実施したほうが有効と考え、院内保育はあえて実施していない」ところまで様々です。
職員の意識改革については、制度を利用している看護師から「制度を利用すると独身の看護師に迷惑をかけるようで、申し訳ない。堂々と制度を利用するのに気後れしてしまう」という声が聞かれたり、「管理職にフルタイム・夜勤ありが当たり前という考えが強く残っている」などの意見もあり、利用者である一般職員、管理職双方に対して、不公平感が生まれないな制度の十分な説明が求められています。
看護職を取り巻く環境において「ワークライフバランス」を積極的に支援していこうという風潮が生まれてから、まだ10年も経っていません。制度としてもまだ入り口の段階に過ぎない短時間正職員制度が十分に普及するためには、①制度を利用する看護師さんが、組織に自分の能力を還元することを積極的に考えていくこと、②制度を提供する医療機関側は、子供がいる人だけでなく、いない人にもメリットのある制度を包括的に構築すること、③職場の同僚は、いつか自分も結婚・出産を経験して制度を利用する日が来るので、お互い様の精神で制度利用者と向かい合うこと、の3つが必要ではないでしょうか。